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楽天道〈らくてんどう〉
著 者
佐藤愛子
定 価
  本体1000円+税
発 行
  2018.8
ISBN
  978-4-7593-1624-7
楽天道〈らくてんどう〉
まっすぐ、まっしぐら! 信念をもって人生を楽天的に情熱的に生きる!

愛子センセイは94歳の今日まで、次々襲ってくる艱難辛苦に真っ向から立ち向かい闘ってきた。そんなセンセイを支えているのが楽天主義である。しかし、ただノホホンと楽天的でいればいいのではない。心身を鍛え人格を高める武道と同様、「楽天道」は人生修行の一手段、楽天に向かう道なのである。悲運を克服し、幸福を目ざす人生修行としての「楽天道」である。その心意気でブレずに、まっすぐ、まっしぐらに生きてきた著者が、中年からシニア世代に向けて綴ったエッセイをまとめたのが本書。
ユーモアあふれる人間観察、弱き者への同情をたたえた眼差し、遠藤周作さんとの漫才のような掛け合い。筋の通らないことには敢然と立ち向かう、喧嘩早い愛子センセイの日々は波瀾万丈。読み進むごとに、著者のこまやかな心情と深い人間愛に共感が湧く。笑っているうちに心と頭がやわらかくなる。そして、常に物事に楽天的に立ち向かい、人生に情熱を失わないで生きられるのは素晴らしい才能だろう。


一章 五十からの底力

二章 六十代の誇り

三章 めげない老い

四章 親のツトメ

五章 女のおかしさ・男のおかしみ

六章 楽天的知恵

七章 こんな一言


 薬を飲めばらくになるのに、どうしてそんな無意味ながんばりをするのだと人からいわれる。
 最近、腎臓の疲労か、突然のどから胸にかけて発疹が出て真赤に腫れ上り、その痒みのために夜も眠れなかった。掻けば掻くほど痒くなって広がって行く。それでも塗薬も飲薬も使わず、掻きむしって怒っていた。 
 あまり痒いのでヤケクソになり、茹るような熱い風呂に入ったら痒みが消えたので、夜通し風呂に入ったり出たりして、ヘトヘトになった。
 なぜそんなにヘトヘトになってまで薬を拒むのかと人はふしぎがるが、とにかく薬は嫌いである。
 「薬で簡単に治ってしまうなんて、そんなことでいいのか!」
 そんな気持なのだ。
 寝る前、私はヒーターの前で迷う。
 タイムスイッチをつけるべきか、つけざるべきか。
 何か便利なもの、快適なものに身を委ねるとき、私は「ああ私も堕落した!」と思う。そう思いつつ、つい引きずられて「文明の利器」を利用してしまう。そしてまた思う。
 ――ああ、とうとう私もここでまた堕落したか! と。そのくり返しだ。しんどい。
 豊かな時は豊かなように、貧しい時は貧しいなりに、いつも平然と生きるのが私の理想なのだ。
 ああ、もうこれ以上、便利、快適なものを考え出すのはやめてよ。
 私はヘトヘトである。

 ある雑誌社から電話がかかって来た。
 「愛される老人になるためには、というテーマでいろんな方の意見を聞いているのですが、 佐藤さんにも是非……こう申しては何ですが、そのう……老境が近づいておられるお立場からですね、是非ともご意見を伺いたいのですが……」
 途端に私はムカムカと来た。
 「愛される老人になるためには、とは何ですか!」
 と私は怒ったのである。
 「愛される老人とはいったい誰に愛されるんです! 若者にですか? 冗談いってもらっては困りますよ。若者に愛されるために、アレコレ心がけたりなんかしたくないッ!」
 いっているうちに、声はだんだん大きくなって、庭を越えて近隣に響き渡ったことであろう。
 「あなたのその発想は実に老人を侮辱しています。なぜ、″老人に愛される若者になるためには″という発想がないんですかッ! あるいは″若者を愛する老人になるには″となぜ考えないんですッ!」
 「はあ、なるほど」
 「なるほどじゃないッ! 怪しからん! 私はそんなことを考えて愛されようとは思いませんよ! 私は孤独に徹します。わかる奴はわかる。わからぬ奴はわからなくていい。愛さない奴は愛さなくていい! 私はそう思っています。それくらいの気概がなくてどうしますか。長い人生を苦闘してですよ、その果てに若者に愛されることをなぜ考えねばならんのです! 思い上るな、それが私の答えです」

 私の人生を一口でいうなら「楽天的」という一語に尽きると思う。また私の性質を一口でいうなら、それも「楽天的」ということになるだろう。つらつら過ぎし日々を顧ると、楽天的であったからこそここまで生きてこられたのだとつくづく思う。
 楽天的で向う見ず。
 これが私の人生の特徴だ。
 賢者は、人間いかなる時でも平常心を失うなという。その通りだ、至言だと私も思う。しかし私には、その「平常心」というやつがどんなものかわからないのだ。平常心とは「ふだんと変わらない落ちついた心」のことだろうが、私はふだんからそんな落ちついた心の持ち主ではない。ふだんから「矢でもテッポでも持って来い!」という心でいるものだから、何かあるとすぐ逆上してつっ走ってしまうのだ。だから外からやって来た苦労を、自分で倍にも三倍にもしてしまう。
 しかし、その厄介な気質のおかげで、まあまあ元気に人生への情熱を失わずに生きてこられた。私がなめた苦労の数々は、「ひとのせい」ではなく、自分が膨張させたものだと思えば、人を怨んだり歎いたりすることはないのである。
 私は今、株で大損をしているが、損や苦労が馴れっこになっている私は、金の損など屁とも思っていない。私をこんな楽天性に産んでくれた父母、その楽天性をますます増長させてくれた「苦労の数々」に私は今、感謝している。

 私は苦労の中で上機嫌に生きるために楽天家になった。楽天家になったことで更に苦労を増やし、それが更に私を楽天家にした。今は苦しくとも生きつづける限り、必ずいい日は来ると私は信じて生きている。
 「武器によって戦うように、幸福によって闘う」
 私はこの言葉が好きだ。


心から敬愛する佐藤愛子先生の作品を味わうとき、縦横無尽に繰り出される人間味あふれるユーモアに思わず吹き出しながらも、その深い洞察に感じ入ってしまいます。お年を召しても凛として美しいのは、どんな苦労も厭うことなく「矢でもテッポでも持って来い!」と楽天道をまっしぐらに歩まれてきたから、とも思えてきます。


佐藤 愛子(さとう あいこ)

1923(大正12)年、大阪生まれ。甲南高女卒。1969(昭和44)年、『戦いすんで日が暮れて』で直木賞、1979(昭和54)年、『幸福の絵』で女流文学賞、2000(平成12)年、『血脈』で菊池寛賞、2015年(平成27)年、『晩鐘』で紫式部文学賞を受賞。2017(平成29)年、旭日小綬章受章。ユーモアあふれる世相風刺と人生の哀歓を描く小説およびエッセイは多くの読者の心をつかむ。『九十歳。何がめでたい』(小学館)、『ああ面白かったと言って死にたい』『幸福とは何ぞや』『そもそもこの世を生きるとは』『老い力』(以上、海竜社)他、著書多数。





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