今月の特集 ジャンル別検索 著者五十音順 書店様へ ご注文方法 会社案内 ホーム


ガムシャラ人間の心得
著 者
佐藤愛子
定 価
  本体1000円+税
発 行
  2019.7
ISBN
  978-4-7593-1674-2
ガムシャラ人間の心得
矢でもテッポでも持ってこい!
人生は自分で切り開く!

今年の秋には96歳を迎える著者の、小社既刊の数冊のエッセイ集から抜粋して再編集した『女の背ぼね』(2009年刊・四六判ハードカバー)を改題して新書判にしたもの。おもに40代から70代にかけて執筆したエッセイだが、何度読み返しても面白くて笑いがこぼれる。直情径行がもたらす日常的波瀾、マコトの女論、マコトの男論、マコトの夫婦論、経験的子育て論、老年の真情――物事に真正面から立ち向かう凛とした姿勢や、さまざまな苦労を経験してこそ人間は成熟するという前向き思考・幸せ志向が本書を貫いている。


1章 自由でいたい
2章 魅力的な人
3章 マコトの夫婦
4章 怒号愛好
5章 男というもの
6章 もう未練はない


 私の亡父の好きな言葉に「人は負けるとわかっていても戦わねばならぬ時がある」というバイロンの言葉がある。私は父の日記のあちこちにその言葉を見つけた時、大そう感激した。
 人は負けるとわかっていても戦わねばならぬ時がある。
 実際、私はその通りだと思った。私もそのように人生を歩みたいと考えた。その言葉を発見した時は、私にはまだ倒産の嵐は襲ってはいなかったが、その言葉はやがて私に苦難が襲ってきた時、私の記憶の底から猛然と立ち上ってきて私を導き決断させたのであった。
 私は夫の借金を背負ったことをここで自慢たらしくいうつもりはない。私のいいたいことは、そういう一見不幸に見える現象でも必ずしも外から見えるほど不幸ではないということだ。人間の幸、不幸は心の持ちよう一つだということなのである。

 私は子供の頃からずっと四人の兄を批判的に見ていた。兄たちは四人ともとても面白い人で、異母妹の私を虐めたりすることはなく、可愛がってくれたが、私の兄たちを見る目はいつも父母を苦しめる「困った人たち」という目だった。だから、小説の中でも「面白いが困った連中」としか書けなかった。
 しかしこの頃、私はしきりに、あの頃に兄たちが耐えたであろうものを思うようになった。兄たちが耐えていると思わずに耐えていたものが見えるような気がしてきた。年をとるということのよさは、こういうことに目が向くことだ。そしてまた、そういうことに目が向くのは、私がもの書きとして生きつづけてきたおかげだと思う。
 私にとってものを書くことは、人間をより理解するよすがである。何もわからずにものを書きはじめた私は、今、漸く私にとっての書くことの意味がわかった。そうでなければ私は、四人の兄を父を苦しめた存在としてしか理解せずに死んでいっただろう。もの書きになってよかった、と私は思っている。

 私が閉口するのは、失敗や気に入らないことが起きると、いつまでもメソメソと愚痴をこぼしたり、自分の愚かさを棚に上げてひとのせいにしたりする女性で、それに較べれば怒りに委せて茶碗を投げたりする方がよっぽど話が簡単でよろしい。メソメソグチグチ型は梅雨の雨だれみたいにいつまでもつづくが、茶碗を投げる方は、経済上でもエネルギー的にもそういつまでも投げつづけているわけにはいかないから、間もなく静かになる。カッと来てサッと終る。少なくとも私の好みに合っているのである。

 そうだ、妻たるものは夫の浮気の相手をネズミと心得ればよろしい。ネズミに逃げられたネコ、うまく捕えて食べてしまったネコ、あるいは窮鼠に?まれたネコ、いろいろあってもやがては飼い主のもとに帰ってくる。飼い主たるものはそれくらいの自負自信をもって悠然と構えているのがよい。
 よく夫の浮気防止法として髪にクリップをまきつけ、栄養クリームのテカテカ顔でアクビまじりに夫の帰宅を出迎えるな、などとしたり顔していう男がいるが、たとえどんなに見だしなみをよくし、心から仕えたとしても、男は浮気する時はする。それを防止しようなどと思う時から女の不幸ははじまるのである。


著者の作品に特徴的なユーモアや、人間に対する深い洞察が、どんな短いエッセイにも表れていて、そこに立ち止まって味わう喜びがあります。ご自身の体験を広い視野のもとで観察したうえで人間一般に普遍化されているので、読む側もその情景の中に引き込まれつつ、そのテーマを自分のこととして考える機会にもなります。とにかく、笑えるのは幸せなことではないでしょうか。笑いを生み出してくださる著者の真摯な熱意に敬意を表したいと思います。


佐藤 愛子(さとう あいこ)

1923(大正12)年、大阪に生まれる。甲南高女卒。
1969(昭和44)年、『戦いすんで日が暮れて』で第61回直木賞、1979(昭和54)年、『幸福の絵』で第18回女流文学賞、2000(平成12)年、『血脈』で第48回菊池寛賞、2015(平成27)年、『晩鐘』で第25回紫式部文学賞を受賞。2017(平成29)年、旭日小綬章を授章。ユーモアあふれる世相風刺と人生の哀歓を描く小説およびエッセイは多くの読者の心をつかむ。
著書に『冥界からの電話』(新潮社)、『九十歳。何がめでたい』(小学館)、『私の遺言』(新潮文庫)、『晩鐘』『血脈』『わが孫育て』『我が老後』シリーズ(以上、文春文庫)、『ああ面白かったと言って死にたい―佐藤愛子の箴言集』『幸福とは何ぞや―佐藤愛子の箴言』『そもそもこの世を生きるとは―佐藤愛子の箴言集2』『老い力』『楽天道』(以上、海竜社)ほか、著書多数。





ホームへ